第10回健康セミナー「皮膚のアレルギーについて」

浜松医科大学皮膚科助教授 橋爪秀夫

アレルギーって何?

アレルギーはよく使われるのですが、実はなかなかとらえどころの難しい言葉です。ある特定の物質に対して働く免疫反応の過剰状態を指し、学問的には4つのタイプに分けられていますが、一般の方は、この中の1型の病気をアレルギーと呼ぶ傾向が強いようです。アトピー性皮膚炎、接触皮膚炎、急性蕁麻疹、喘息、花粉症などは、アレルギー疾患の代表格です。


なぜ皮膚にアレルギーがおこりやすいの?

皮膚は人間の最外層にあるため、さまざまなウィルスや細菌などの外敵と向き合っています。一見ただの皮のように見えるこの皮膚の中には、実は緻密な免疫システムがあり、病原体に侵されないように体を守っています。皮膚は表皮と真皮という2つの構造がありますが、表皮の中にはランゲルハンス細胞という特殊な免疫担当細胞がいます。この細胞は普通の細胞とは違い,四方に細長い突起を出しています。そして,その突起を延ばしたり縮めたりして,皮膚の外側から侵入してくる微生物などを捉えようとしているのです。何かの物質が落ちてくると,この細胞は、この物質を攻撃すべき外敵かどうか見分けて、その物質(抗原)を食べた後、真皮へ移動して,リンパ管を通って所属リンパ節に達します(左の図)。リンパ節には,白血球のひとつであるリンパ球が沢山存在しています。この細胞は、敵と判断した物質に対して反応するようにリンパ節内のリンパ球(T細胞)を教育します(感作といいます)。 教育をうけたリンパ球は、再び皮膚内に同じ物質が侵入すると、瞬時に対応し、その物質排除に向けて効率よい炎症反応を起こします。白血球は,主に外敵を攻撃するための免疫を司る細胞なのですが,好中球や好酸球とよばれる白血球が,直接病原体を食べたり,毒を出して殺してしまうのに対して,リンパ球は少し賢くて,これらの攻撃型細胞を上手にコントロールする働きがあります。人間を蝕む病原体の種類は,かなりの数になります。そこで,司令塔であるリンパ球は,2種類に分かれていて,リンパ球はウィルスのような小さな病原体を排除するために機能するTh1細胞と、寄生虫などの大きな病原体を処理するために機能するTh2細胞があります(右の図)。どちらの型のリンパ球をつくるのかは、感作と呼ばれる時期に決まります
このように,たとえば‘かぶれ(接触皮膚炎)’という単純な皮膚病でも,免疫システムにとっては,所属のリンパ節まで及ぶダイナミックな現象なのです。この機構に狂いが生じると、敵か味方かの区別ができなくなり、その結果、攻撃しなくても良いものに対して過剰な免疫反応をおこしてしまうことになります。人間は生まれてすぐに,高率良い免疫システムがあるわけではありません。生まれてから数年の間に,ありふれた病原体に曝される事は,りっぱな免疫システムをつくるために重要なことだと考えられています。

Th2細胞とアレルギー疾患

アトピー性皮膚炎や花粉症,喘息など,いわゆるアレルギー疾患と呼ばれている病気の患者さんにおいては,健康な人に比べてTh2細胞の働きが強められていることがわかっています。Th2細胞の指令は,本来なら寄生虫などの大きな病原体をやっつけるために準備されたものです。寄生虫の侵入から体を守る為に,人間はIgEという抗体と好酸球という細胞を局所に動員します。この指令をおこなうのが,Th2細胞なのです。例えばアトピー性皮膚炎や喘息においては,ダニやハウスダストを抗原として反応することが多いのですが,大雑把にいうと,これらの患者さんは,このような抗原を寄生虫と勘違いしているということになります。従ってこれらの患者さんの血液をとって調べると,ダニやハウスダストなどの抗原に反応するIgE抗体の数値が著しく高くなるのです。なぜTh2細胞の働きが強まってしまうのでしょうか。アトピー性皮膚炎や喘息患者の疫学調査から,これらのアレルギー疾患にかかっている人達は,かかっていない人と比較して,都会に住んでいる,核家族である,兄弟が少ない,小さい頃病気にかからなかった,動物をかっていなかったなど,総合すると幼少時にきれいな環境で育っている人達が多い事が判明しました。先ほど説明したように,免疫システムにとっては幼少時に教育されるべき重要な時期があります。この時期に極度にきれいな環境で育つと,免疫の教育が充分行なわれず,アレルギー疾患に繋がるのではないかという「衛生説」という仮説が,現在広く信じられています。

皮膚のアレルギー疾患のいろいろ

皮膚におこるアレルギーは,蕁麻疹,かぶれ,アトピー性皮膚炎以外にも,薬疹やその他いろいろありますが,ここでは日常よくみられる,蕁麻疹,かぶれ,アトピー性皮膚炎について,少し細かく説明します。

1) 蕁麻疹
蕁麻疹は蚊にさされたようなかゆみの強い赤い発疹が数分から数時間で無くなるというエピソードを繰り返す疾患です。24時間以内に出たり引っ込んだりする病気は,まず蕁麻疹といえます。蕁麻疹という言葉は,実は曖昧なものなのです。蕁麻疹は1週間以内におさまる急性と,1ヶ月以上続く慢性とに分類されます。このうち食べ物等によっておこる純粋なアレルギーでおこるのは、急性のものです。慢性のものは,圧迫や機械的な刺激によっておこるもの,冷たいもの,暖かいものなど環境変化によっておこるもの,自分自身に対する抗体によっておこるもの,歯槽膿漏や蓄膿症などの慢性の感染症によっておこるもの,原因のはっきりわからないものなど,いろいろあります。時に,肝炎やリウマチなどの病気が潜んでいることもあります。食べ物によるものは,皮膚の血管の周りに居る肥満細胞に,その食べ物に対するIgE抗体がくっつくことによって,おこりますが,慢性のものは,詳しい機序がまだわかっていません。治療は,原疾患がある場合その治療と同時に,抗アレルギー剤,抗ヒスタミン剤などの内服によって症状を抑えるのが大事ですが,出た後にのんだり,不定期に内服したりするのは,あまり薬の有効な使い方ではありません。毎日規則正しく飲むのが正しい使用方法です。殆どの蕁麻疹は,自然にでなくなる傾向がありますので,慢性蕁麻疹の場合でも,根気よく内服を続けることが治療のコツです。

最近,ラテックス-フルーツ症候群という病気が注目されています。バナナやメロンなどを食べてのどの奥が痒くなる人に,天然ゴムの主成分であるラテックスに対しても強く反応してしまい,ゴム手袋やゴム風船をさわったりすると,強烈な蕁麻疹がでたり,ひどい場合には喘息発作や血圧の低下をおこす病気です。原因がよくわからず,強烈な蕁麻疹などの経験がある人は,検査を御勧めします。食事依存性運動誘発性アナフィラキシーという病気もあります。小麦や大豆などを食べたあとすぐに運動をしたり,痛み止めを飲んだりすると,血圧が下がって倒れてしまったり,蕁麻疹がでたりする病気です。原因物質を口にいれずに運動しても,食べたあとに運動しなくても蕁麻疹はでません。食べた後にすぐ運動すると,消化が不充分なうちに食べ物が吸収されるためだと言われています。これも,血液検査でわかる場合が多いです。

2) 接触皮膚炎(かぶれ)
アトピー性皮膚炎や花粉症などのアレルギー疾患が,Th2細胞の働きが強められる為におこるのに対し,かぶれはTh1細胞の物質に対する過剰防衛反応による皮膚の炎症です。金属アレルギーが代表的で、ニッケルやコバルト,クロムなどが原因としておもなものですが,デンマークでは金属の含有率が法律で定められるようになってから,かなり少なくなったそうです。ユーロ貨幣はニッケルを多く含む事から,金属かぶれをおこしやすく,ポケットに入れておくと太ももにかぶれをつくることがあると報告されています。日本人は人種的に比較的金属にかぶれやすい体質をもっていて,5%くらいにみられます。日本では,ピアスの普及や歯科金属の使用に伴って増加しており,昔はほとんどみられなかった金のアレルギーも見受けられるようになりました。一度アレルギーとなると、生涯続くため,原因金属を避ける事が必要です。

化粧品や,毛染めなどの化学物質,桜草や菊などの植物,消毒液や軟膏など,日常生活においてかぶれをおこす要因は極めて多岐にわたります。可能性が疑われるものに対してパッチテストを行なう事が診断の決めてになります。

3) アトピー性皮膚炎
最近の統計によると、小児の10-15%、成人の5%に見られると言われています。なかなか治療に反応しない、特徴をもつ慢性の皮膚炎で、花粉症や喘息などとの合併例が多い疾患です。世界的にはHaniffin & Rajikaの診断基準が,日本では日本皮膚科学会の診断基準が用いられていますが,両者の本質は殆ど同じです。1.痒いこと,2.特徴的な皮疹があること,3.長く続いたり,繰り返したりすることのすべてを満たすとき,この病気だと診断されます。アトピー性皮膚炎の特徴は,左右にちょうど対称的に皮疹を認めることと,肘や膝の裏側,唇,首のまわりなどの好発部位があることです。子供はピンク色の湿った皮疹が,成人になると,茶色のごわごわした皮疹がみられます。現在、日本においては治療のガイドラインが作成されたこと、さらにタクロリムス軟膏といわれるステロイドとは異なる薬剤の出現によって、アトピー性皮膚炎のコントロールは以前に比べて飛躍的な進歩を遂げています。基本的には,1.生活指導,2.スキンケア,3.薬物療法の3つが治療の柱となります。

5歳くらいまでは,牛乳や卵,大豆を食べると悪化する人が3割くらいいますが,大きくなってくると次第にホコリやダニなどの環境因子による悪化が目立つようになります。悪化するような要素を取り除くことが生活指導の基本となりますが,これらの抗原(アレルゲン)の除去の他に,汗や物理的刺激を避けたり,生活リズムを整えたり,仕事や学校でのストレスをうまくコントロールすることも,重要です。食べ物は,油や糖質などを多く含む高カロリー食品は,炎症の物質を作るために使われるため,アトピー性皮膚炎の炎症をひどくさせる方向に働きます。バランスのとれた食事は,アトピー治療においても重要なのです。

スキンケアというのは,皮膚を清潔に保ちつつ,乾燥させないようにすることです。これはアトピー性皮膚炎の予防という観点から大切なことです。アトピー性皮膚炎の患者さんの肌は,たとえ正常にみえる場所においても,皮膚の角層にふくまれる細胞間脂質の50%を占めるというセラミドが少なくなっています。脱脂効果の強い石けんは,この重要な保湿成分である細胞間脂質を溶かしだしてしまうので,よくありません。低刺激性の脱脂効果の少ない石けんを使用することが大切です。また,お風呂あがりの10分間以内に保湿作用の高いクリームなどを塗る事は,あたらしい湿疹ができないようにするために重要なことです。

薬物療法に関しては,お医者さんの助けが必要になります。炎症を抑える効果の高いステロイド軟膏を上手に副作用無く使うためには,皮膚科医の指導が必要です。最近ステロイド軟膏に変わる炎症抑制効果の高いタクロリムス軟膏が,世界的に普及しています。この薬は日本生まれで,免疫を調節する作用をもちつつ,ステロイドの副作用を持たない点で,顔などの皮膚の薄いステロイドの副作用の出やすい場所の湿疹の治療に効果的です。内服治療として,抗アレルギー剤や,抗ヒスタミン剤が用いられるのですが,主にかゆみを止める目的で使います。

アレルギーに対する癒しの効能

アレルギー性皮膚疾患の多くは、Th2細胞を主体としたアレルギー反応を基盤とした病気ですが、体調の不良、精神的ストレスによる悪化がみられることは良く経験するところです。私たちは、アトピー性皮膚炎において、精神的ストレスが関与している可能性を検証するため、約80名の患者のストレス度を調査しました。その結果、アトピー性皮膚炎の重症度を示すといわれている血清IgE値と持続するストレスとが関連することが判明しました。さらに、これらの患者に抗不安薬を併用させると、皮疹は有意に改善しました。したがって、皮疹が悪化することが持続するストレスを増加させるだけでなく、逆に持続するストレスは皮疹を悪化させている可能性が高いと考えられます。 

生物は、死の危険を察知した時にストレスを感じて、そこから逃げ出すための準備状態をつくりだします。ストレスを感じると心拍数があがったり、呼吸数があがったりするのはそのためです。これは、ストレス物質を介して自律神経によって支配されています。合目的的に働くこの反応も、人間のように脳が発達している生物にとっては、有益な反応ばかりではありません。人間の場合特に過度に、または持続的にストレスを感じやすくなっているために、それに対する生体の反応に異常が起る場合があります。皮膚ではストレス物質のひとつであるアドレナリンによって、Th1型リンパ球が体内循環から皮膚へ移動することがわかっていますが、過剰なストレス物質はその動きを妨害します。また最近、アドレナリンがTh2細胞を選択的に元気にさせることがわかってきました。過度なストレス状態によるTh2細胞の相対的な優位性は、アレルギー疾患のストレスによる悪化を科学的に説明するひとつの根拠となっています。
アレルギー疾患は、慢性化しやすく、治療が難しい場合も少なくありません。少しでも効率よく治療する工夫として、ストレスのコントロールに目を向けた生活を心がけることは、重要であると私たちは考えています。”病は気から”は、決して昔のことばではないのです。