第9回健康セミナー 「歯とお口の健康は全身の健康の源」
2006年12月3日
阿部直子 大阪大学歯学博士
(読みやすさを優先し、敬称、先生への敬語表現は省略)
講義内容は、事前アンケートにより、在留邦人が興味を持っているテーマで組み立てられていた。阿部先生は、まず、歯の役割について、次に歯を失う原因として多い歯周病、むし歯について、そしてその予防法、治療法について、図を多用し、わかりやすく、信頼できるはっきりした口調で解説してくれた。
歯は、食感を楽しむ、消化を助けるといった食生活に不可欠なだけでなく、美しい表情、発音を保ったり、異物の混入を察知したり、道具や武器として利用したりと美や保身のためにも役立っている。そのほか、歯がなくなると、歯をくいしばれないため力が出ないし、心疾患、腎炎、リュウマチなど他の部位の病気にもかかりやすくなってしまう。さらに、自分の歯で噛むことによって、直接、歯周組織が受けた刺激が、脳に伝わり、ぼけ予防になることも研究によりわかっている。現在、厚生省は8020(ハチマルニイマル)運動-「80歳で自分の歯を20本残そう」-を推進している。人は20本歯があれば健康な生活をおくれるとの提言をもとにこの運動が行われている。人間の歯は28本(親知らず除く)あるが、現在、日本人の平均残存歯は65歳時に16本、80歳時には7本と8020には程遠い状態である。80歳以上で歯が20本以上ある人は20本未満の人より医療費が20%安くすむという統計があり、つまり健康であるということであり、歯があることは経済的にもお得である。
歯を失う原因としては、歯周病が43%、むし歯32%、けが11%と続き、その他(不明、矯正など)が14%となっている。一番多い歯周病は“サイレントディジーズ”と言われており、気づかないうちに進行してしまう。歯周病の症状としては、軽度の時から順に、口臭がある、歯ぐきが腫れている、歯ぐきがむずむずする、歯を磨くと血が出る。さらに進むと、水を飲むと歯にしみる、歯ぐきが下がって歯が長くなる、歯の間に食べ物がはさまるという状態になり、そしてかなり進行してくると、硬いものをかめない、歯がぐらぐらする、歯ぐきを押すとうみが出るといった症状が出てくる。そもそも歯周病とは、食べかすと細菌が合わさったプラークが歯と歯ぐきの間に詰まり、そのまま放置しておくと、歯と歯ぐきのつなぎ目や歯を支えている骨を破壊していく病気である。歯周病は感染症で、全身疾患にもつながる。歯周病を患う人は早産の割合が7.5倍となり、産まれた子供もむし歯が進行しやすいことがわかっている。また、歯周病は糖尿病とも関連が深いし、血管に付着した歯周病菌(プラーク)が脳卒中や心臓病をも引き起こす。歯周病の原因には、歯並びが悪い、歯ぎしりをする、かみ合わせの癖がある、唾液の量が少ない、口で呼吸するため口の中が乾燥する、口の中が汚いといった口の中のリスクファクターと、糖尿病などの全身の病気、女性ホルモン(思春期、妊娠中、更年期)の変化、生活習慣(喫煙、食生活、不摂生、ストレス)といった全身的リスクファクターがある。歯周病予防には、毎日の歯磨きや定期的(6ヶ月毎)な歯科検診・歯石取りが大切である。
歯を失う原因第二位のむし歯も全身病につながる。原因はプラーク(細菌)、糖分、歯質、時間の条件がそろったところでむし歯になる。人間の唾液は通常はpH7で中性であるが、食べ物を口に入れた瞬間から、酸性に偏り、唾液の作用により徐々に中性に戻るようになる。これは食べ物が口に入ると、プラークからの排泄物により歯のミネラル成分が溶け出す脱灰(だっかい)と、歯のミネラル成分が歯に戻る再石灰化が交互に起こるということである。しかし、だらだら食いで、中性に戻りきらないうちに食べ物が口に入ってくるとまた酸性に偏り出す。酸性の状態、つまりミネラルが歯から溶け出した状態が続くとむし歯になる。むし歯ができやすいのは、歯と歯の間など磨きにくい場所だが、むし歯になりやすい時期というのもあり、それは、2~3歳の頃(乳歯は弱い)、歯の生え変わりの時期(生えたての歯は弱いため)、思春期(ホルモンの変化、生活の変化で歯磨きがおろそかになりがち)、そして中高年期(唾液の量が減る、ホルモンの変化)である。むし歯予防のためには、だらだら食いをやめる、自分にあった歯磨きを毎食後する、フッ素を利用する、シーラントをする、歯の矯正治療をするなどが大切である。シーラントとは、むし歯になりやすいところ(奥歯の表面など)をあらかじめふさいでしまうことで、まだ汚れていない生え始めの歯に施すのが効果的である。半永久的であるが、長い間には取れることもある。また、フッ素は歯にミネラルが戻るのを助けるため、歯を強くするし、キシリトールガムは再石灰化を助けるのでこれらを使うのも効果的である。
正しい歯磨き方は、毛先を歯に90度(スクラブ法)か45度(バス法)になるようあて、小刻みに横に振動させながら一歯ずつ移動する。歯の裏側を磨く時は歯ブラシを縦に動かす。歯ブラシは毛が柔らかめから普通のものを使い、たとえ毛先が開いていなくても、歯ブラシ内での細菌の増殖を防ぐため1~1.5ヶ月で交換することが大切である。電動歯ブラシを使うのも効果的だが、あくまでも道具であるから、正しい磨き方で使うことが大切である。歯磨き粉は歯ブラシの3分の2程度がかぶるようにつければ十分で、薬用成分入りのものを選ぶといい。フッ素(モノフルオロリン酸フッ化ナトリウムともいう。むし歯予防によい)、塩化セチルピリジニウムトリクロサン(歯周病予防)、ポリエチレングリコール(歯のヤニを取る)が効果的な成分である。さらに、補助的清掃具にデンタルフロス(糸楊枝)や歯間(しかん)ブラシがあるが、細菌の発生を防ぐため使い捨てにすること、使う時は歯ぐきに食い込ませたり、ブラシ部を回転させたりするのは歯ぐきを傷つけるため避けることを注意したい。
歯がなくなってしまった場合は、入れ歯をすることになるが、代表的なものにはブリッジとインプラントがある。ブリッジは古くから一般的に行われており、失った歯の両側の歯を少し削り、橋を渡すようにその歯に入れ歯の橋をかける。外れることもあるため定期的に歯科医に行くことを薦める。一方、インプラントは歯ぐきにねじを埋め込み、その上に入れ歯をねじ入れる。手術時の状況やアフターケアの仕方によっては炎症を起こすこともある。
加齢によるトラブルは、ドライマウス(加齢や薬の副作用により唾液の分泌が減り口が乾く)、誤嚥(ごえん)性肺炎などがあげられる。ドライマウスへの対処法としては、よくかむ、歯ぐきや粘膜を適度に刺激する、水分の多いもの、すっぱいものをゆっくり食べる、そして加湿器を利用することが効果的である。誤嚥性肺炎とは、細菌を含んだ唾液や食べ物が食道でなく肺に入ってしまうことによって起こる病気であるが、口の中をきれいにすることで肺への細菌の侵入を防ぐことができる。
阿部先生のお話の内容は、日常生活に直結しており、全員とても興味を持って聞いていた。お話中にも活発に質問が飛び交ったが、親切に建設的な回答をしてくれた。なんといっても、きっちりとわかりやすい発表態度から、信頼感を感じられ、非常に有意義な2時間に大満足。その晩から歯ブラシとデンタルフロスを新調し、毎食後すぐ、時間をかけ丁寧に柔らかく歯を磨くよう心がけ出して三日目。いつまで続くかな。(文責 冨田順子)